最近驚いた事
なんか刺激ある?
項リスト(更新順)
水野晴郎が山下奉大に改名していたこと(3) 花田十輝の祖父が花田清輝だということ(1) 咳をしたら血を吐いた(4) 値上がり(1) 進次郎の発言(1) 岸田文雄が不出馬表明(1) 部落差別の壮絶さ(117) モデムを変えたら速度が速くなった(5) 久本雅美が整形した(2) ない(2) 地震で寝ている人(3) いまだに「起動が早い」をアピールするパソコン(2) ボートレースに峰竜太という名の選手がいる(1) 『働かざる者食うべからず』は日本のことわざじゃない(1) ふみおがAVAの大会に出るほどの腕前だった(1) ...他8項
水野晴郎が山下奉大に改名していたこと(3) 花田十輝の祖父が花田清輝だということ(1) 咳をしたら血を吐いた(4) 値上がり(1) 進次郎の発言(1) 岸田文雄が不出馬表明(1) 部落差別の壮絶さ(117) モデムを変えたら速度が速くなった(5) 久本雅美が整形した(2) ない(2) 地震で寝ている人(3) いまだに「起動が早い」をアピールするパソコン(2) ボートレースに峰竜太という名の選手がいる(1) 『働かざる者食うべからず』は日本のことわざじゃない(1) ふみおがAVAの大会に出るほどの腕前だった(1) ...他8項
たまに単語は聞くものの、無知故に過去の話かと思ってたよ。
と釣られよう
逆に団体が圧力かけたという話なら、Fの時代だったかにニュースになったよね
手帳が気にくわないから変えろって言いがかり
部落差別の存在と排他的思考があるので、京都は巨大な田舎ではないかと思っている。
他の大都市同様、地方から人が集まったのにそういうのが何故か残ったままなのが
不思議だ。
京都のは色々と面倒臭い、キナ臭いの累積している事だけは伝えとく
個人的には部落の人と付き合いがないので全く分からない。
広義で。排他的すぎるし。
狭義には朝鮮部落多いよな。
が、部落にロクデナシが多いのも、また事実。
それまでの差別が激しかったことの証左だけど。
札幌では、都会化するにつれて差別は少なくなっていったと聞く。
それをしないのは逆差別利権が惜しいとしか思えない
いじめられている人が「いじめなんて無くすのは簡単なのにね」って言ってるのと同じ。
差別を知っている層が年々死んで、知らない層が年々増えていけばいいだけの話。
風化させると言うのは、まさに時間が解決すると言うこと。
被差別側(同和利権側?)で活動してる人たちは、別に知らないで良い事を、
わざわざ声高に喧伝してる印象があるよね。
もちろん事実を知った上での撲滅が正論なんだろうけど、それは現在に持ち込む事じゃなくて、
過去の出来事として歴史研究の対象で残すくらいの方がマトモじゃない?
差別を知ってる、知らないでなく、現にしているおっさんおばちゃんを、
どうやって言わせなくすることができるんだ。
同和利権やヤクザ紛いの連中を面白く思ってる人間はいないが、
部落差別を同時代の実感として知らない人間がそんな風に批難するのは、
いかにも薄っぺらくて効果がないよ。
今だに差別してるおっさんおばさんがくたばれば済む話。
>部落差別を同時代の実感として知らない人間がそんな風に批難するのは、
>いかにも薄っぺらくて効果がないよ。
その通り。どんどん薄っぺらくすればいい。みんな風化すればいい。
ドンドン過去に追いやって、その歴史を反面教師にすればいい。
被差別側で苦労してる人間は、「ほっといてくれ!」って思ってるんじゃないの?
身体障害者みたいに実生活でフォローを必要としてるんじゃないんだからさ。
部落差別されてる人ってなんで引っ越さないのかね?
就職の時とか、今でも興信所とかで調べてたりするの?
被害者が何で逃げないといけないんだよ!
って意見はちょっと違うと思うし。
隠蔽するものではなく、そもそも意味がないもの、いかに部落差別が下らないものかを皆が理解
しない限り解決はしないと思う。
理想論ではなく、現実的にショートカットでは解決しない問題ではなかろうか。
おっさんおばさんと下の世代、地域のコミュニティが断絶してるわけじゃないよ。
いかにネットが発達しようとも、田舎の因習みたいなもんは受け継がれていく。
>ドンドン過去に追いやって、その歴史を反面教師にすればいい。
現状差別自体があるもんなのに、それを無いもの、過去のもの扱いすること自体が、
利権団体の「差別への不理解」だの「更なる差別」だのという口実になっていくんだよ。
その部落は集落を指しての部落なんじゃないか?
四国出なんだけど集落の意味で年寄りなんかは使ってるよ。
部落と被差別部落の違い知らない人がきくとびっくりするかもね。
ただ、遠い過去の話にはできる。
声高に部落差別の問題点を叫んでいる人は、実は差別を助長しているという事実
引越しや差別を行なった世代がいなくなることで、
被差別者が0になればそれが「解決」じゃないの?
♯25>部落差別は絶対になくすことはできない
言い切れる25なりの根拠はあるの?
#29
ふむ
恫喝ビジネスとして西の方で発達したって事かな
そうじゃなきゃ部落って言われてる人たちが、その問題をわざわざ長年に渡って掘り起こして自分たちの肩身をわざわざ狭くするって必要性も見つからないし。
部落差別は今現実に存在している。
○部落ビジネスはある
やくざこそ黙れよ。
ここで商売するな。
私自身はなくせるなくせないという話はしてないけれども、言い換えるなら
「引越しや差別を行なった世代がいなくなることで、被差別者が0になればそれが」
部落差別はなくなった、ということではないのですか? と質問してるわけです。
それでもなくなったと言い切れない、というのであれば説明して欲しい。
どっかのお花畑にでも住んでるらしい人の「すべての武器が楽器になれば戦争はなくなる」と
いう意見と同程度の有効性しか感じないな。虚空じゃなくこっちを見て話してくれ、というか。
誰もがはいさいと遠隔地に引っ越しできるわけでもないし、何より今の世代が死に絶えれば…
というのが「今」苦しんでる人をあからさまに無視しているのがひどい。
思考ゲームのお題はもっと当たり障りないものを選べよと言いたくなる。
少なくとも子の世代には部落問題は引き継がれなかったと思うよ。
部落問題でやはり一方的に見合いを解消された。
北関東の田舎だが存在するところは存在する。
ただしこの場合は差別と言うよりタブーといったイメージね。
見合いを持ちかけた(そして解消した)友人の親戚も、
当人同士が自分の知らぬところで知り合って結婚までいたったというなら反対はしないが、
わざわざ部落の人との見合い話を持ち込むというのが、付き合いとしてはよろしくないと判断されたそうな。
田舎の閉鎖的ともいえる人付き合いが続く限り、タブーとしては残っていくだろう。
その件に関して部落の二文字を出さないなら、結局は別の問題として残り続ける。
私の意見がどこら辺が今苦しんでいる人を無視してる?
無視するどころか、今差別されている人がすぐに苦痛から解放されるよね?って言ってるんだけれど。
差別を受けて凄く苦痛なんでしょう?
被差別者は毎月少なくない金を自治体からもらってるんだから、苦痛から開放されるんであれば、喜んで引っ越すと思うんだけれど。
そもそも、全ての被害者をとりこぼしなく円満に解決する方法なんて、
長年色々対策やってるのに出てきてない時点で、望むべくも無い。
票作が考えてる、現実的には到底無理な理想にあってないからダメっていわれてもこまるわー。
>被差別者は毎月少なくない金を自治体からもらってるんだから
ちなみに私が住んでる市の話で、他所のことはしらないんだけれど。
いつも高そうな車乗り回してるのに、更新の時だけ、窓口にぼろい服来てくるのがアレで、ちょっとむかついてる。
差別自体は陰湿だから表には出にくい、それに対する被差別者や支援者は反抗や訴えを表に出して知らしめようとする。
でも実際に見たことも聞いたこともない人はそういう訴えとかだけを見て引いちゃうっていう構図。同和ゴロや似非部落もいたりするせいでさらにカオス。
地方の農村部なんてはっきり言って現代の日本じゃないよ。女や部落は人間じゃないと本気で思ってる。さすがに中国ほどではないけど、それでもあの国の地方格差を笑えない。
嫁の実家で食事をいただくときも、絶対に一緒に食べないんだ。
「かあさんも一緒に食べようよ」って言っても、「私は後で食べるからいいの」ってね。
それを嫁に強いることはない。 でもせっかくなんだから一緒に食べたいんだけどな。
利権を食い物にする人も、
両方存在するんだよ。
一方的な擁護も一方的な非難も間違い。
これって現実なのよね。
連投は叱られるのでここに書き留めておこう。
『差別』が絡んでしまって
身動きがとれなくなってしまった話をふたつ。
http://www.asahi.com/international/update/0727/TKY200907270061.html
http://allatanys.jp/B001/UGC020005920090726COK00348.html
後者の記事のせいで、松坂が窮地らしいよ。
余計な事をしてくれたもんだ。
「見たことないので存在しない」
真の差別の根源はお前ら
いまどき同和とか言ってるやつは利権目当ての営業
学校を訴えたり、子供のことで施設管理者を訴えたりする親は皆モンペ
朝日新聞が応援したり擁護したりしてる輩や事柄は全て悪
それがGアンリテラシー
同和とか延々延命連投しているやつを否定
不当に学校を訴えたり、子供のことで施設管理者を訴えたりする親を否定する
朝日新聞の問題行動を指摘したり批判したりしてる輩
これらは全て「差別者」
それが人権屋リテラシー(=営業活動)
どうやらここには部落差別があったら困る奴もいるようだな。
↑とか必死すぎて逆に引くわ。
関係ないみんなの遊び場に定期的にマーキングしないで、部落箱でも作って延々と連投でもしてろよ。
自アンで情報操作ってどんだけ草の根なのかと
もちろん解決にもつながらないけど
自分に関係無い事でそこまで怒れる?>「どっか行け」しか言わない人
こんなところで情報操作なんてしないわな。真っ赤になって出てけ出てけ
言ってるやつは自アンで活動することによってどのような利益がみこめるのか聞いてみたいわ。
まあ某の言ってる様な「純粋まっすぐ君」みたいなやつはいるのかもしらんけど、
そういうやつに顔真っ赤にして出てけ出てけ連呼するのはハタから見てても恥ずかしいの一言。
論破できるんならしてみたらいいし、そうでなければ生暖かく見守っとけと。
京都駅の近くの部落地域もとっととそうやりゃいいのにね。
最近再開発されようとしてるみたいだけど、数年前に行ったときはボロい家ばかりで
勇ましい横断幕がかかりまくってて壮絶だったわ。
http://www.suzin.com/index/kankoku/photo1.html
そういった世代が、言い方悪いけど死に絶えるか、無視できる数になるくらいまで
(あと四半世紀もしたら自ずとそういう状況になるわけだけど)
口ふさいで我慢してろよってのが受け入れられるかどうかだろ。
って意味で書いたんだが。
「被差別者側の部落利権を享受し続けたがってる人」が仮に3割いたとして(超多めに見積もって)
あとの大多数の7割に「なにされてもあと25年も我慢すれば差別はなくなるから黙ってろよ。
もしなくならなかったら3割のやつが悪いんで、おまえらで粛正しろよ。だって君たち同和仲間でしょ?」
ってのが本気で通用すると思ってるの?
実際に♯65みたいな地域がまだあって、ちょっとした差別はまだありそうだって状況で。
「同和側の奴らには利権にすがってる悪いやつが相当いるからまずそいつらをおまえらの側で正せよ。そしたらおまえらの話を聞いてやるよ」
って考えの人が結構いるような気がするな。
でも、「同和側の奴らには利権にすがってる悪いやつが相当いる」ってのはあながち間違いじゃないけど、それ以降はかなり難しいよね。
たとえば同様の問題である在日系の話だったら、そういう指摘はありだと思うんだけど。「悪の在日を正す正義の在日(実際そんなやついないけど)」
って構図が生まれる余地はまあありうる。日本人と同化せず、在日としてアイデンティティーをもって暮らそうとしてる在日は相応数いるから、
そういう人たちが反日の(悪い)在日を追い払った上で、在日として日本人と仲良くしていこうってかんが得る人が出てくるかもしれない。
翻って同和は一般人として生きていく、生きていきたいってのがほぼ共通意見だから、「被差別者側の部落利権を享受し続けたがってる悪い同和」が出てきたときに、当初のような意見を言われても、驚き戸惑うばかりだと思うんだよなあ。彼らは溶け込んでいる、溶け込みたがっているのに、捨てた、捨ててきた部分と対峙しろよってのは酷な話だ。
「そうしなきゃうけいれてやらねえぞ」ってのはそれこそ差別だろうな。
たとえば七割の一般の人が差別されたときに(たとえば結婚なんかのときにね)、
「キミ達が事を荒立てないでもうちょっと黙っていれば差別なくなるんだから騒ぐなよ」
「大体キミらの側の同和利権にたかってる奴が同和差別を継続させてんでしょ?」
っていう意見を、それも彼らの側からでなく、外部が勝手に言っている意見を、受け入れるわけがないだろ、って事。彼らの総意としてそういう意見が出てくることはありえないわけだし、(そもそも窓口が開同だからよけいにね)25年なりだまってろってのは机上の空論の押し付けにならざるを得ないわけだが。
確かに25年黙って過ごしてたら、同和は完全に消えるかもしれない。でもその間なにされても黙ってろよってのは
おかしくないですか?ってこと。
次善というならば、それこそ25年といわず、100年もたてば、問題に対してその時々に騒いだとしても同和差別なんて
なくなるんじゃない?同和利権ていう膿がたまりまくってる以上、どっちにしろ25年ではなくならないだろうし、
もうちょっと長いスパンをかけてゆるゆると解決していくのもありだとは思うが。
たぶんみんなが思ってるより部落差別も陰湿に行われてる。
だからこればっかりは体験してみないかぎりどんなものかってのはわかりにくいよ。
双方で意見がかみ合ってないのはそのせいだと思う。
かといって体験してない人は住環境を劇的に変えるとかでもない限り、これからも体験することはないだろうし、
別段知る必要もないと思うけどね。さんざいわれてるように、語り継がず抹消するってのもありだろうし。
1000度目の夏を合言葉に
八千年過ぎた頃からもっと住み分けたくな〜った♪
は抽象的過ぎるけど、25年100年てのは馬鹿にするほどの区切りじゃないように思うけどな。
#76っぽい人の意見を順に読んでくと、まず25年もたてば部落差別が悪いことだって教わってない世代はいなくなるだろう
100年もたてば、たとえ解同が部落差別があったことを無理矢理語り継ごうとしても差別自体がなくなってるから消えていくだろう
ってことでしょ?これはその通りだと思うけど。
なにしろ各自治体の部落関連条例ってそれこそ大量にあるわけだし、もちろん有名無実化してるのもいっぱいあるけど、解同を肥えさせてる
ような実効性のあるものもそれなりにあるわけで、こういうのも廃するてなるとそれなりに長い時間は必要じゃないかなあ。
#78のいってる「25年間外部からはあえて何もしない。」ってのは、#76の理想とかけ離れてはないんじゃないかと思うけどなあ。
ただ#76のいってる#76の想定してる同和の人たちからみた「外部」ってのは「解放同盟や同和利権ヤクザを含めた」外部なんじゃないかな。
あいつらが騒がないってのはまずあり得ないことだから、いちいち意見が対立してしまうんだと思う。
つまり解放同盟や同和利権ヤクザが騒いだときに#76は「外部が騒いで一般の?同和が困った」となるし#78は「同和(内部)が騒いで問題を長期化させた」と理解してるんじゃないかなあ。
それと「外部からはあえて何もしない。」ってのはもちろん同和に対する「差別も含めて」だと思うんだけど、これが結構難しいんだよなあ。
この項の発端が
>理由無き差別・イジメの実態を知って、なんて民度の低い地方なんだと思った。
>たまに単語は聞くものの、無知故に過去の話かと思ってたよ。
ってのだし、1から読んでたらそれなりにひどい差別も残ってるだろうって話じゃないの?
今以上の「今」が実は思ってるより大変だから、それをどうすんべ?って項だと思ったけど、違うのか?
もちろん#86が、「そんなのはありえん。すべて解放同盟のプロパガンダだろ」ってのならそれはそれで一つの意見だけど、
もしそうなら#76とはおそらくこれからどんだけ意見戦わしてもわかり合えるわけがないんだから、双方時間の無駄以外の何者でもないように思うけど。
ちなみに俺は#77で書いてるように、解放同盟がいかに最悪な集まりかってのも体験してるが、同時に同和差別がそれなりにまだ酷いってのも知ってるって立場だから、「今」のまま我慢しろとは言い難いものがあるとは思ってる。
それが25年かかるかもしれないけど、他に即効性のある対策は無いんじゃないの?
数年で効果の出る対策があるなら、それを実行すべきだけど、無いなら結局は我慢しろと言ってるのと同じ。
代案なしに他人の策を否定だけしてても意味無いよ。
双方焦点にしてるは、何か問題が起こったときに(それが解同やらがプロパガンダでおこしたもんであれ、実際に今起こっているだろう?差別であれ)マスコミ含めて取り上げるのが良いのか悪いのかってとこじゃないのか?
取り上げずにだまってたら25年?ですむだろう事が、騒いでしまったら50年100年?かかってしまうかもしれない。じゃあ25年で済ますために(プロパガンダは論外として)実際に今差別が起こってることを見過ごしてていいのか、我慢しろっていえるのか?ってのが焦点だろうに。(#83が言ってるように、問題をいちいちあげつらっていっても100年もあれば問題は消えていくだろうってのを前提にしてね。)
仮に同和の側から「黙っててくださいお願いします」って統一意見が出てくるなら、それこそ論ずる必要もないけど、そんなことはありえないわけで(発言するのが解同ばっかだからね)。
それとも、差別は実際あるけどなくなるためには多少我慢せよって感じなの?
長文の人は代案君が前者だとおもっていちいち噛み付いてると思うんだけど。
100年待つってやつ。直後に読解力ない阿呆がちゃかしてるが、意見自体は85がフォローしてるように聞くべきところがあるように思えるけど。
はたからみたら人の意見聴くきのないレイシストと顔真っ赤にした左巻きが言い争いしてるようにしか見えないよ。
元々は教育が行きとどいた世代に入れ替わるまで待つって話で、例えば25年ぐらいで入れ替わるんじゃないかって話なのに。
どっちが読解力無いんだか。
元の案自体は、教育を行きとどかせることだよ。
100年待つってのが代案の人は、我慢を強いたりしないってのか?
他に有用な策が無いのならば、我慢を強いることになろうとも現行の時間のかかる策でいいと思ってる。
それに対して、我慢を強いることに異議を申し立てるんなら、我慢を強いない、もしくは軽減する方法を提案しなきゃ代案としては意味無いよ。
あなたが一人で?お題目のように繰り返してるその意見を、相手方に少しでもわかってほしいのなら、まず♯90とか♯87の質問に答えたほうがいい。
この糞なっがい議論の発端に
>>部落が嫌われるのは解同が居るからだよ。
>>無くならないのなら、被差別者側の部落利権を享受し続けたがってる人が原因。
>>「差別されてる」という前になんで未だに嫌われてるのか理由を考えた方がいい。
ってのがあるせいで(ID変わってるからこれがあなたの意見かはわからないんだけど)上の質問に答えない限り、あなたの意見がつかみにくくて、非常にわかりずらい。
あなたのいってる同和の人たちに強いるだろう我慢が、「それなりに酷い差別があるけど我慢してよ」なのか「差別事例の大半は解同の嘘だから、実際はたいしたもんじゃないだろ。だから余裕で我慢できるはず」なのかによってあなたの意見の本質が全く変わってくる。
シュレーディンガーの猫の事例みたいだな。
シュレーディンガーももともと「あなたがたの言っていることはこんなに荒唐無稽であほらしいことなんですよ?」って意味で猫の話を持ち出したのに
いつのまにか相手側に乗っ取られて、「私たちの言いたいことはこういうことなんです」って風にすりかえられたらしいけど、♯93の意見がまさにそんな感じだね
自分から出た言葉じゃないのに、「元々は~話で」とか痛すぎ。「元々」はそんな話じゃなかっただろw
それとも人の意見を聞く気、読む気がないのか?
我慢を強いて25年黙って待つか?
それとも問題が起こった場合に我慢せずに公にするか?、ただしこの場合問題が長期化するので、25年で終わるものが仮に100年かかるかもしれない。
(前提として、ことの性質上、どんなアプローチをしようと、期間の長短はあれ、いつかは風化するであろう事柄なので、100年もたてばどんなに騒ごうとなくなるんじゃないかな?)
って話。仮に2、3年で終わる事態なら、我慢しろでもいいかもしれない。でもあんたもいってるように、25年は軽々に扱えないくらいには長い。じゃあそこまで我慢せずに、さらにもっと長いスパンで解決するのはどうですか?ってことだ。
数字に細かい突っ込みをいれてくれるなよ?25年、四半世紀に対して一世紀を引き合いに出しただけだからな。
俺はあんたが#65で言ってるような緊急的、解体的な対策をとって、同和も最大限我慢して、外部も一切問題に触れず、解同もほとんど騒がずに解散前提で動いたとしても、完全に根絶するには四半世紀かかるって思ってるんだよ。
#83も言ってるけど、全国にある「実態性のある」条例を全部廃止するだけでも、最大限うまくいったって10年や20年はかかる事柄だろ?
あんたのいってる再開発は、短期的に解決するにはかなり有効な手だと思うけど、全国津々浦々の対象地域に住んでる同和側が移住や工事許可に全面的に同意するって言うおよそありえないレベルでの協力をしてくれたとしても、四半世紀程度で終わることじゃないだろ。
そういう物理的な差別要因がまだあって、しかも親の世代が差別つ意識を持っていたら、頭ではわかっていても、心情的、雰囲気的に子の代くらいまではなくならないだろ。
あんたは25年を長いと思ってるけど、俺は短いと思ってる。メリットデメリットで言うなら、デメリットが大きすぎるんでないか?ってことだ
>「差別されてる」という前に、なんで未だに嫌われてるのか、理由を考えた方がいい
こんなこと言って恥じない奴に何言っても無駄。
一見もっともらしい事をいおうが、もっともらしいところは借り物の意見だわ、自分の言葉で語れば理不尽な差別意識丸出しだわでははなしにならん。
同和教育が始まったのは1952年。浸透するにはもうちょっとかかってるだろうけど、
あんたのいう「教育を受けてない世代」が無視できる数になるまで、四半世紀ってのはあながち間違ってはいないと思うが?
それと同和が本格的に問題になったのは戦後。あるいは1951年。100年もたってない。
>>それをやっちゃうと同和利権団体の思うつぼ
これはあんたの言うとおりだと思うよ。これが100年まつっていう次善の策中での一番のデメリットだね。
でもさんざん俺もみんなも言ってるように「同和利権者と一般の同和地域の差別問題は別」だと思ってるから、
利権者の都合で一般の同和地域の人が我慢するのは筋違いだと思う。
もちろんあんたがどうしても許せないならそれはそれでしょうがないだろ。このあたりはどっちも譲れないとこなんだから、
「考えが違う」もんだと思っといてくれ。
でも融和教育は同和を差別するなって話じゃなくて、「日本に階級ってもんはないんですよー」って教育だから、それをはじまりとするのはやっぱりおかしい。
同和教育が本当に問題になったのは、戦中に軍隊で同和差別が酷かったから。そして1951年に、雑誌に全国の同和地域のある場所が掲載されて、リアルな「区別による差別」が表面化したから。
それをみてやばいと思った文部省が1952年に「同和を差別したらあかん!」ってのを直接的に教育に盛り込んだ。それまではなんとなく「差別ってのはいけないことですよー」って教育をしてただけ。
だから数字自体は#102で間違ってはいないはず。そもそも一般の人があたりまえに高等教育を受けられるようになったのなんて50年前じゃきかないだろ。それなのにもって「高等教育で同和問題をあつかうようになったからー」ってのはおかしい。
あと100って数字にこだわってるかもしれないけど、何度も言うがこれはたとえば出だしただけだからあんまりつっこまないでくれ。本質は、「教育が行き届いた世代に入れ替わると同時に差別がなくなるってのは我慢なり無理をするなりしないと不可能じゃないか?」「それよりも、たとえ問題が長期化するとしても我慢や無理などの負担をできるだけ低くしてやった方がいいんじゃないか?」ってとこだよ。
一杯我慢して短期に終わらせるか、少しの我慢を長い間続けるかって程度の差だと思ってもらっていい。後者が50年で終わるんならそりゃ結構なことじゃないですか?
いちいち理由をつけて学校訪問するのは、あいつらの活動でかなり重要どの高い定例行事だよ。
実際俺の恩師が奴らとの外渉役やらされて、何年かあとにぶっ壊れたほどだから、相当無茶なやりくちでやって来る。
あんなのみてたら、教育が行き届くこと自体がヤバイもんではなかろうかと心配にならざるをえない。
そんなのは次善の策ですらない!て態度が目につくけど、
少なくとも次善の策程度の意見ではあるだろ。
それをみとめた上でそんなのはうけいれられない。こちらとは意見が別れるようだ、てならわかるが、
教育側がやってるのは常に全否定。
落とし所がわかりにくい問題なんだし、これではそれこそ25年かかっても議論が終らないよ。
......
とりあえず、107さんがずっといってた教育が、同和教育以外のことだって理解してた人はほとんどいないとおもいますよ......
文章力も読解力もない107のアホは論外として、そんなやつにこんだけてまかけて顔真っ赤にして議論吹っかけてた長文ア ワ レ
いや可笑しくて仕方がないなあ。いまごろ真っ赤通り越して真っ青になって倒れてるんじゃないか?
A 同和差別をなくさなければいけない
B Aを推進していく際に当時は必要だった解同や同和教育、条例なんかは、いまは逆差別の意味合いのがつよいのでなくしてかなきゃいけない
ってときに、どっちにどう重点をおくべきかってとこですれ違ってる気がするな。どっちもリンクしてるから、Bを性急に推し進めれば反動でAに対してすら反感を覚えるやつがでてくるだろうことは想像に難くないし(Bみたいなことしてる悪いやつがいるんだから、同和は差別されてもやむなしってやつ)かといってAを重視するあまりBをほっといたらBが増長してもっと調子に乗ってしまうかもしれない。そうでなくても、
少なくとも発足施行当時はBは悪ではなく、必要なものだったのだし、そういうものを消していくってのは相当に労力だろう。
教育側も俺もBに対して反論持ってるのは間違いないし、長い時間をかければなくなっていくだろうってのは俺と同じだと思うんだよ。
ただ最初の意見で
>>無くならないのなら、被差別者側の部落利権を享受し続けたがってる奴が原因
>>「差別されてる」という前に、なんで未だに嫌われてるのか、理由を考えた方がいい
っていっちゃってるせいで、Bが根絶されるためにはAが多少のめにあっても仕方がないって思ってそうなところや、教育が行き渡るまでって期限をきってるところに対して、AとBのバランスとりながらやってたら、そんな短期間で終わるわけがないだろ、ってところに突っ込んでるわけ。教育側が言うように、「教育が行き渡った時点」で終わるようにするには、バランスを相当崩して、我慢や無理を強いなければ無理なんじゃないか?ってこと。
そもそも教育側は「同和教育は発足当時から間違いで、するべきではなかった」
と思ってるの?
俺は「発足当時は絶対に必要な者だったけど、今は逆差別になりかかってる」
と思ってるけど。
で、後者の場合、「必要とされて発足してきたものを無くすって判断は相当難しい」とおもうんだけど。
これは解放同盟に関しても同じ。今は悪しき組織だと思うけど、発足当時の活動は立派だと思ってる。
なんどもいうけど、そういう難しい問題を解決しつつ、差別根絶を目指す場合、教育が行き渡る時間程度では、無理を通さない限り難しくないですか?
って言ってるわけ。
いまはお互いに揚げ足取りしてるだけにしかみられない。確かに教育側は最初少し差別的に感じられるところがあったし、
長文側は長いだけでわかりにくかったかもしれない。でもここまでやりあったら、お互いに相手の言いたいことはもうわかったんじゃないか?
じゃあもうそれで良しとしとけばいい。
「おまえの意見はわかった。でも俺はこう思う」で止めとけよ。
互いに相手をいいまかしたいのかもしれないけど、いいまかせたとしてどうなるのさ。どっちにしろ机上の空論で勝てるだけで、それが社会的に実行される訳じゃないだろ。
最初の方の議論はまだみるべきところがなきにしもだけど、ここんところは相手の意見をよく読めばわかるはずのケチ付けと、理不尽な揚げ足取りとかしかしてないじゃん。
何日も何日もGアンのリソース消費してやることじゃないんじゃないか?
とりあえず二点。
一点目は、同和教育に力を入れた地域の方が差別が継続されてるっていうのが、いかがなものか。
俺も統計みた訳じゃないから、正確なことはいえないけど、同和教育に力を入れた地域ってのは、同和差別が激しかった地域であるって類推できはしないか?逆に言えば、早めに切り上げられた地域はそれほど差別が根強くなかったところとは考えられない?だとすると、一概に同和教育って面だけでは語れないように思う。同和教育をやってないから終わったんではなく、やらなくても簡単に終わらせられる目算が立ったからやらなくなった、というのはすこし強引な言い方だろうけど大筋は。まあそれこそ統計とった訳じゃないから一つの見方以上のなにものでもないけど。
ただ俺も一律の同和教育自体はもうやめた方がいいんじゃないか、とは思う。ここは同意。ただ、近くで同和差別があったとかそういう際には、道徳の時間などできっちり時間を割いてあつかうべき。一つ問題があるのは、社会の時間に教える士農工商えた非人ってやつ。ここで必ず一回は同和に触れるわけだけど、この際にどうすべきかってのが課題かな。
二点目。必要な苦痛って意見は理解する。俺もこの意見が、仮に同和側から出たものなら(私たちが我慢するので、子孫の世代には苦痛を与えないでくださいみたいな)諸手を挙げて賛成。でもそうではない以上(一般の同和から共通意見が出るのはありえないことだし、同和の共通意見らしきものは解同が出してきやがるから、その手の意見はでるわけがないだろうと類推)、この方針をとる場合にはおそらく外部主導で行わなければならない。そういう場合に、受け入れられてもらえるのかな?もらえないんじゃないのかな?ってのが俺の意見。受け入れられなくてもやらなければならないっていうのが(教)側の意見だと思うんだけど、そこまではやるべきじゃないだろうってのが俺の意見くらいの差かな?。
お互いダメージ食らう覚悟でっていうのもありな意見だと思うんだけど、この場合お俺らの逆側の一般同和の人に発言力が全くないのが、やっぱり問題。何かをやるときに、言い方は悪いけど「顔色をうかがいながら」やらなきゃならない。そのときにどこまでできるか、どこまでしていいのかってところがこの議論の論点の一つじゃなかろうか。(長)