エオタによる、一般人が全く参考にならない映画批評2010
映画を見るたびに思うのは、どうしてこんなにツマンネェ映画ばっかなんだろってこと。
そして、それを喜んで見ている連中の多いこと、多いこと。
こーいう連中が最大公約数の立場だったら、ツマンネェ映画が多いのも当然だよな。

大衆カレー店bの味が「甘い」のは、一番低いヤツにレベルを合わすからなんだよ。
辛いヤツが好きな人でも甘いのは我慢すれば食えるからな。
でも甘党は違う! 食べると苦しいもんじゃ、我慢なんかしないで、ただ食わないだけ。

映画もカレーも甘くなるのは世の常、商売の必定ってことサ。
(emvkpu) 2009-11-22 07:47:40作成 2018-03-11 08:55:24更新 521投票 91有効票 106気になる 163興味無い 6198参照 はてなブックマークはてなブックマークに追加 Twitterでつぶやく

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12. 『マイマイ新子と千年の王国』についてのコメントGoogleYouTube

昭和30年の山口県防府市。額にマイマイ(旋毛)を持つ明朗活発で空想好きな新子は暮らす。新子は大好きなおじいちゃんの語る千年前の町の、ひとりの少女を夢想してその暮らしを辿ってみるのだった。
一方彼女は通う学校に、都会から引っ越してきた引っ込み思案な少女、貴伊子を迎え、彼女を仲間に迎え入れるべく力を貸してゆく。


この手のアニメ映画を見ていっつも思うのは「宮崎駿だったら、違う風に描写アレンジするだろうなぁ」とか「駿だったら動画の見せ方に毎カット魅力があるんだろうなぁ」と
俺の中の空想との比較、比較、比較ばかりだ。描かれるアニメの世界はTVアニメと変わらないレベルのクオリティなのでガッカリ感が強い。
(キャラの表情がなさすぎ。田舎の一枚絵的な美しい風景以外に旅愁が感じられない世界観とか)
そして昭和30年代という時代性の写実的な描写を見ると、ショボイアニメ力のおかげで、なお更、この作品を「アニメでやる意味があるの?」という自問ばかりが先行するのだ。
そしてキッツイ現実描写・・・・・それと平行して描かれる「1000年前の過去への想い」。空想は現実逃避なのか、それとも過去も今も変わらないという証明なのか?
[#1](tlsjwm) 2010-11-09 08:33:25

俺は「空想は素晴らしい」・・・ということをうたう映画は俺は大嫌いなんだ。
「ネバーランド」「ビッグフィッシュ」とかもそうなんだが、空想することは別にスゴイことではない。現実逃避だって、空想の一種だろ。
現実を認識できないキチガイは美しいのか?、素晴らしいのか?、価値があるのか?
ないね。
大切なのは空想が現実に対してどういう意味を持っているかという「関連性」と「意義」だ。空想は現実に比べ、そのぐらいしか価値が無い。
で、その意義がまったくないのが本作。ガキたちは大人のやってることを「へー」と聞くばかりで物語の主役たらず、空想はその追加解説の役でしかない。
ガキたちの日常は田舎の更に小さなコミューンの更に小さな内輪を延々と繰り返すだけで、変わり映えが無く退屈。
そして大切なシーンの次は必ず新子は大人になぜかと聞いてしまうので、これまたつまらん。大人の答えや、噂話で話作るなよ。
この構成力、演出力のなさ、ヒットしないのも頷けるんだが。金魚ごときが基軸となるコミューンもバカ臭いし、俺はダメだわ、このレベル。b
[#2](tlsjwm) 2010-11-09 08:51:58
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